2003年8月

2003年8月27日

シンガポール・チャンギ空港について

 キャンプのことをまた書くと言いながら、あっという間に時間がたち、20日から26日まで用事で日本を離れていました。帰りにシンガポールに寄ってきました。シンガポールは初めてだったけど、いやあ面白かったですね。
 シンガポール人とは海外で何人かと出会っています。中国系・こざっぱり・あるいはこざっぱりしすぎ・小金持ちという感じですが、実際に行ってみると一面的な印象だと分かりました。まず意外にインド系やマレー系が多いし、白人もかなりいる。英語の小説を読んでいる人の傍らで、イスラム教の教えに読み耽っているし、漢字づくめの新聞を読む中国系もいる。多様な社会なのです。
 空港や公共施設はすごい。とくに空港は国際ハブ空港として国の威信をかけて作ったという感じで、骨組みをそのまま出しつつファッショナブルにデザインしたというか、モダニズムの極みです。しかも、空港内にはシャワー室もあるし、ホテルもあるし、仮眠できる寝椅子もインターネットの無料端末もあるし、高級ブランド物の店も建ち並ぶ。各国料理のレストランも完備。地下鉄は無人走行で綺麗だし、どこも彼処もピカピカと輝いている。空港の次の駅の名前がEXPOですよ。常時国際見本市でもやっているのでしょうね。空港のそばにあるのだから、便利この上ない。シンガポールの人はこのチャンギ空港を誇りに思っているんだろうなー。
 これに比べたら、日本は完全に遅れている、というか「田舎者まるだし」という感じですね。成田空港なんて通路は迷路みたいだし、ごちゃごちゃとつまらない旅行グッズばかり売っているチープな店ばっかり。シャワー室がどこにあるかさえ分からない。第一ターミナルと第二ターミナルを結ぶ便利な交通機関もなし。しかも空港から一歩出ると、建て売り住宅が雑然と建ち並び、いきなりスラム街という感じになる。帰ってきたとたんに、エスカレーターで唾を吐いている人を見ました。シンガポールに比べると、成田はすごく見劣りがして、全体がすすけている。なんで遠い田舎にあんな不便なものを作ったのかね。いい加減だね! 国際空港は羽田に立派なのを作るべきですよ。
 これは別に千葉の人をおとしめているわけじゃない。自国を外国人に対してどのように見せるかという国家意志が見えないと言うのです。内部でこちょこちょ調整ばかりして決めるから、外部に対する演出は後回しになる。だからみっともない所をボロンと出しても平気。こういう神経では、何がグローバル化かと言いたくなりますね。シンガポールの政治のコンセプトは「生存のための政治」だそうです。すごく明快だね。日本の政治のコンセプトは何だろう?「自分たちだけの内部調整」なのだろうか? でも外国人はそんな過程には興味ないはずです。きちんとした結果を出せよ、と言いたくなる。
 もちろんシンガポールにも「何だかな」と思う部分もある。国全体がショッピングモール化しているようで、買い物嫌いな私としては居心地が悪い。有名なラッフルズ・ホテルなんか全くの観光地です。ロングバーというバーがあって、シンガポール・スリングというピンク色の軟派なカクテルが有名なのだけど、一口飲んであまりのまずさに閉口しました。付け合わせのピーナッツも不味い。床に殻を投げ捨てられるのが唯一の取り柄か。村上龍がここを題材に小説を書いたらしいけど、これではろくな霊感を得られそうもない。コロニアル・ホテルの良さを言うのなら、ハノイのソフィテル・メトロポールの方がホテルとしては快適だと思いましたね。それに、貧乏人風も意外に多い。空港のトイレではインド系の掃除夫がぼやーっと突っ立っている。壁を意味なく撫でていたりして、さぼっているのだろうね。国の政策にうまく乗れない人々というのか、グローバル化の明暗というのはこういうのを言うのかもしれません。
 でも、やっぱり日本のデザイン感覚のなさは許せない。とにかく美しくないんだもの。それに機能的でもない。案内表示のデザインを見たってデザイン力の差は一目瞭然! 空港を作るときに大騒ぎしたんだから、もっとしっかりしたのを作るべきでしょう。それなのに、あれだけいい加減なのだから、日本の支配層もたいしたことないね。

2003年8月15日

 8/11-12と晴れ間を見つけて、いつもの湖にキャンプに行って来ました。場所は福島県とだけ言っておきましょう。あえて教えません。私と同じように、自分で見つけてください。もう数年に渡り、キャンプというとここに決まっています。何がいいって、まず人が少ないこと、レンジャーがうるさくないこと、湖が広くてカヌーをこいで楽しいこと、キノコや山菜が沢山採れること。これだけあれば十分でしょ。
 もう20回ぐらい行ったから、けっこう隅々まで知っているのだけど、それでも毎回なんか発見があります。今回は、とにかく雨に降られたこと。一日目は良かったのだけど、その日の深夜から降りだして、次の日の朝までぐずついてましたね。もう、いつまでたっても止みそうにないから、早めにテントを撤収しちゃったのだけど、それから雨が上がったので、一同がっくり。私は今回カヌーにも乗っていないのよね。まあいいんだけど、でもちょっとがっくり…
 その代わり雨上がりの渓谷や緑がとっても綺麗でした。台風の影響で大木がごろごろ倒れていたのにもびっくり。河原はまるで恐竜の骨が転がっているみたいでした。どれだけこのキャンプサイトがいいかというと、以前に書いた「記憶に残る風景」という小論文があるから、それを再録しますね。

記憶に残る風景
 私は小さいときから水の佇まいに惹かれていた。特に湖が好きであった。湖には独特な雰囲気がある。川のように流れる清潔なせわしなさでもなく、海のような大きさや激しさを感じさせるのでもなく、湖にはどこか秘密めいた趣がある。
 私は秋になると東北にある湖にキャンプをしにいく。カヌーを積んでくねくねと曲がった林道を何時間も車で走っていくと、突然目の前に水の広がりが開ける。波もなく、油を流したように静まり返った水面である。朝にはその湖面に霧が立つ。その中をカヌーでこいでいくと、まるでこの世の果てに向かって旅立っていくような気がする。紅葉の頃には水面に無数の赤や黄色の木の葉が浮かび、そこに空の青が映る。
 都会で他人に負けまいと頑張っている毎日が続くと、無性に湖に行きたくなる。自然に触れて心が解放されることも確かだが、それだけではない。湖には泳いでいておぼれた人の話が多い。水温が意外に冷たくて、いい気になって泳ぐと心臓マヒを起こすらしい。湖を眺めてぼーっとしているとき、ふとそういう話を思い出す。
 湖は私にとって甘美な死の象徴なのかもしれない。生きることは結構エネルギーを使う。そのことにばかり一生懸命になっていると、自分を見失ってしまう。自分が死に向かい合って、自分の頭の中が澄んでくるのを感じる。そういう瞬間がほしいのかもしれない。

 どうですか? ちょっと文学し過ぎちゃってますけどね。でも、だいたいこんな感じです。今回はvocabow staffとその友達連中、それにカリフォルニアから遊びに来ている私の甥っ子という6人連れで行って来ました。キャンプのことについては、また書きます。

2003年8月3日

どこで書く? いつ書く?

 時間がなくて、小論文が書けなくって、とこぼす人が多くなってきました。でもそんな弱音を吐くなんて、ちょっと情けないぞ。私は今書き下ろしの本を四つ抱えています。四冊同時進行。頭の中はもう複々線状態です。

 どこでいつ書いているのか。答えは、どこでも! いつでも! です。だって「どらえもん」じゃないけれど、「どこでも書斎」。本当にどこでも書かなきゃ間に合わないんだもの。電車の中は昔から書斎代わりです。15分でも時間があると、ラップトップのコンピュータを広げて、こちょこちょ書いている。そういう風にやっていると、いつの間にか量がたまってくるのです。書いておくと後が楽だ。

 私は大人になってからシカゴ大学の大学院に入り直したのだけど、そこで習った最大のことは、文章を書くには相当の時間がかかる、ということでした。納得のいくものを書くには見直さなくてはならない。sleep overといって、書いてすぐ提出するのではなく、一晩放っておいて朝に見直す。すると、ダメなところ、不十分なところが目に付くのです。それをちょこちょこ直して、さあ提出! それだけ手をかけると文章にも愛着がわいてくる。たとえ評価されなくても、自分の気持ちはいいのだ。

 さて、そうなると書く時間をどう確保するかが一番問題になる。とにかく、なるべく書く時間を確保するしかない。この頃僕が気に入っている場所は駿台予備学校の講師研究室です。静かで冷房が効いててよい。空き時間に講師が居眠りしに来るほど。そこで朝から晩まで書いている。耳栓の代わりにバッハの平均率クラヴィア曲集を聞いている。能率が上がります。

 昔、安部公房という小説家の「他人の顔」という小説の中に、「私は音楽のよい聞き手ではないが、よい利用者ではある」と書いてありました。私も全くそう。原稿を書くときには、ブラームスやマーラーは全然向いていない。感情がのたくって作業のじゃまになる。バッハかモーツァルト。とくにバッハの独奏曲がはかどるね。「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」「無伴奏チェロ組曲」「平均率クラヴィア曲集」がとくにお勧め。禁欲的に黙々と作業を進めるときの音楽だ。

 同じ曲なのに、グールドとリヒテルという違う演奏者のCDを持っていく。やっぱり途中で飽きるからね。はかどるときはグールド。難渋するときはリヒテル、という感じかな。時々ヨー・ヨー・マに浮気する。おかげさまで桐原の「記述問題集基本編」は二ヶ月弱で11,000部販売とか。バッハに感謝しよう。

 とにかく、コンピュータを持って、どこでも書くのだ。弱音を言わないこと。ユビキタスって、本来そういうライフスタイルのことを言うのじゃないのかな?


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