2007年8月
8/27

夏の嵐

今年の夏はまるで嵐のようでした。株価は急激に下がるし、珊瑚はラニーニャ現象で白化するし、朝青龍は解離性障害になるし、東京の夏は暑いし、VOCABOWは添削が殺到するし、土日の「夏のセミナー」では議論が白熱するし、「大学入試夏のプチゼミ」は始まるし、てんやわんやの状況ですね。

まあ、アメリカの株価はいつ下がるんだろうとずっと思っていたのが、やっと下がったという感じです。アメリカで不動産業をしている知り合いが、去年私にアメリカの住宅に投資しないかと言ってきました。「これから不動産価格はどんどん上がるから今のうちよ」と。

こんなことが言われるようでは、もうブームは終わりです。案の定去年の終わりからアメリカの不動産はむちゃくちゃ不況になり、知り合いも不動産業を廃業。それでも上がり続けているのだから、不思議でしようがなかった。

朝青龍の病気の話も面白いですね。腰が痛いというのでモンゴルに帰したら、あちらで巡業をさぼってサッカーをしていたとか。あわてて呼び戻し、処分を下したら病気になってしまった。これで横綱廃業に追い込んだら、いったい誰が責任を取るのだろう。

私は朝青龍がサッカーをしてもいいと思う。二十数回優勝した横綱ですよ。巡業など一度くらい免除したっていい。大学でも業績を上げた人にはサバティカルという休暇を与える。相撲でも、がんばって優勝した後の場所は休んでもいい制度があってもおかしくない。年間6回も場所があって、その上で巡業までさせるなんて、力士生命を積極的に短くする制度としか思えない。そういうリスクを考えないで、「横綱の品格」を言うのは観念論だと思うな。

そんな混乱を尻目に、ボカボのReal Schoolはどれもうまくいっていると思います。「夏のセミナー」はスタッフの櫻井と私で授業を担当しているのですが、いつものように白熱の議論です。段落の構造をどうするのか、文をどうつなぐか、このテーマはどう発展すべきなのか、具体性に満ちた議論が進んでいく。みな「来てよかった」と口々に言います。その証拠に今まで休んだ人はいない。好例の大激論も去年と変わらず。櫻井くんの交通整理も堂に入ったものです。

そのうえ、こちらで扱ったテーマが次々と実際に出題される。中央大学法科大学院の小論文では、英語公用語化つまり「グローバル化」の是非が出たとか。「これって的中! ってやつですか?」。まあ、小論文の試験なんかだと出るテーマは決まっているのですから、そう騒がないことにしましょうよ。「でも、北大の特別選考もグローバル化だったんですよ」なるほど。ボカボの問題選択眼もちょっと誇っていいのかもしれません。

個別指導にもわざわざ地方から上京してくる受講生あり。要約の仕方を講義すると、「こんなやり方を教えられたのは生涯で初めてです」と目を丸くする。「いろいろ予備校にも行ったけど、何でこんな風にわかりやすく教えてくれないのでしょうね。時間の無駄でしたね」と長嘆息。大丈夫ですよ、まだ間に合います。「日本の教育は間違っているんじゃないでしょうか! 」まあ、それは真実だと思いますが、そんなに怒らなくても…

こんな風に大感激してくれたのは「夏のプチゼミ」も同じ。スタッフの太田はなんと制限時間を過ぎて、延々と4時間も受講生に講義をしていました。講師も生徒も気息奄々。しかし、そういう徹底的な集中力がボカボの特徴なのです。

暑い夏に熱い人たちが入れ替わり立ち替わり出たり入ったり、私たちVOCABOWの夏はまだまだ終わりません。

8/16

●小阪さんの冥福を祈る

7月の受講ラッシュ、8月の夏のセミナーと続いて忙殺されていたら、あっという間に八月半ばになってしまいました。毎日、原稿と添削を繰り返すので、昨日と今日の区別がつかない。すべての時間がひとつながりに見える。そうしているうちに、夏ももうすぐおしまい(のはず)。まだ暑いけどね。

そんなこんなしているうちに、哲学者の小阪修平さんが亡くなったのを新聞で知った。10年ほど昔、友人の塾で倫理社会を教えていたときは彼の「イラスト哲学史」にずいぶんお世話になった。アリストテレスの形相と質料なんて概念を高校生に説明するのに、彼の本はチョー便利なのである。哲学をシンプルに理解する方法を、私は彼の本に教わった気がする。

実は、その前に高校生の時、『三島由紀夫vs.東大全共闘』という本にはまっていて、その中の全共闘Aが小阪さんらしく、彼は10代の私にとってすでにアイドル化していた。もっとも小阪さんの発言はやや常識的に思えて、My Favoriteは全共闘C(たぶん田中正造を描いた芝居『明治の棺』の演出家芥正彦)のぶっ飛び発言の方だったのだが…

その後、大学時代、東大学力増進会というアルバイト団体に入ったときも、経営陣だった彼に面接された。「好きな音楽は何ですか?」と聞かれて、若気の至りでつい「シェーンベルグ」と口走り、「中学生にどう説明しますか?」と突っ込まれた。「…よく分からないです」と困ってつぶやくと、小阪さんの表情がぐっとゆるむ。「はい、結構です」。私は、その瞬間採用されたことを確信した。

小阪さんの書く文章はそんな感じなのである。哲学者にありがちな「どうしても説明してやるぞ」というような偉そうな臭みや力みがない。「分からないなら分からないと正直に言った方がいい。分かったところを利用して俺たちは幸せになろうぜ」というような平明で民主的な態度があるのだ。

それが彼の書く文章の強みでもあり、もしかしたら弱みでもあり、要するに彼の個性あるいは存在理由だったのだと思う。この頃、「戦後レジーム」なんて言葉があるけど、彼はその良質な部分を具現していた一人だったわけですね。声高に「戦後レジームからの脱却」なんて言う人間に対して、彼は物静かにアンチ・テーゼをなしていた。

おかげで、その年の夏の講習会は楽しかった。今はアメリカの大学でヴィトゲンシュタインの哲学を教えている(はずの)Sとキリスト教神学者の卵T、それにオルガニストのK女史と国語科の4人はどれも個性派ばかり。皆で昼食時間に鍋を持ち込んですき焼きパーティをやったり、おそろいの「国語命」と書いたTシャツを作って授業に行って歓声を浴びたり、はちゃめちゃの限りを尽くした。そういう機会をおおらかに与えてくれたのも小阪さんだと思うと、結構世話になったという気がする。

その後20年ほどして、今度は駿台予備学校では同僚になって、お茶の水の講師控え室(通称タコ部屋)で何回かお見かけした。しかし、向こうが論文科、私は現代文科と学科が違ったこともあって、あまり言葉を交わす機会もない。トレードマークは肩まである長髪と帽子。山本義隆氏と同じく、時代を背負っている雰囲気がして、何となく気軽に声をかけにくい雰囲気もあった。そんなわけで、ついに最後までまともにお話ししたことがなかった。

こうして書いてみると、交際的にはニアミスの連続。本当はもう少しお近づきになれたのかもしれないと思う。でも、いくつかの人生のポイントで彼から強い力をもらっているのは確か。そういう人が亡くなるのは、何とも言えない気がします。感謝とともに合掌。


8/9

●「夏のセミナー」ただいま快走中!

恒例の法科大学院小論文「夏のセミナー」の第一週目がやっと終わったところ。これから9月はじめまで長丁場です。参加者の皆さんも、スタッフも、私も最後まで毎日ガンガン鳴いているセミのように元気に行きましょう。

せっかくだから、参加者からの感想を聞いてみましょうか。メールの一部を引用させてもらいます。

土日は非常に刺激的な時間でした。久しぶりに脳みそフル回転でした。吉岡先生の言うことを逃さないよう必死でした。大変ですが、本当に楽しいです。こういったわくわく感はたまりません。よき師に学ぶことで、勉強が楽しくなるのはやはり真実です。改めて実感しました。

たしかに「脳みそフル回転」は常に快感です。リラックスと休息が最高の価値だなんて誰が言い出したのだろうね。一つの物事に向かって集中していくことが一番刺激的なのです。そういう時間をみんなと一緒に作り出せたのだとしたら、これからも我々はきっとうまくいきます。もう一つ。

やはりライブでの授業は本と違う良さがありました。その場で考えることや他の受講生が良い刺激になりますが、なにより、「あとで読み返せばいい」という甘えを許さないところが、否が応でも集中を高めてくれますね。(汗)

他の人が「刺激になる」。それから思考のimprovisationのgroove感。これも「夏のセミナー」live sessionの良さです。去年から力説しているのに、この実感をなかなかわかってくれないんだな。退屈な大学の授業と同じだと思っている。でも、全然違うんです。論より証拠。出席者は実感しています。



さて、先月出版した『世の中がわかる「○○主義」の基礎知識』も順調に売れているようです。ご案内を出したら、何人かの方からご感想をいただきました。これも引用。

『世の中がわかる「○○主義」の基礎知識』は名著です。全く掛け値なしの名著。全国の大学生および悩める人々皆に読ませたい。できれば、『国家の品格』なる屑本を越える売れ行きが望ましい。
 これは正直な気持ちです。これほど、「○○主義」を公正かつコンパクトにかつ的確に論じたものはまだないからです。しかもユーモアに溢れています。


藤原先生のご本『国家の品格』へのコメントは抜きにしても、ここまでほめていただけるのはありがたい限りです。願わくは全国の大学生協で平積みになるといいのだけどな、と思っていたら、もう一人の先生から。

チャート式がぴったり決まっていて、わかりやすい本ですね。今日、たまたま新宿の本屋を回っていたら、ジュンク堂でよく売れていましたし、紀伊国屋でも何カ所にも展開していました。これだと、もう重版の決定が出たかなと思ったことでした。…これで、学生に勧める本がまた増えました。ただ、夏休みだったので、ちょっと時期が悪いかなとは思いました。

うーむ、学生に売れるには時期が悪いとは残念です。でもさすがにするどい分析で有名な先生らしく、お小言もちらほら。

6ページの議論は、二分法を使うことの有効性と、それを現実に固定することの無意味さが混同されてはいないでしょうか。二分法による好みが現実生活の中で変わることと、二分法が認識の装置として有効か無効かということは、別問題であるはずです。

これはそのとおり。ここは、ちょっとはしょって書いたので私が悪いのですが、二分法を否定しているのではなく、むしろその重ね描きをすることで、相互関係を理解しようという意図です。発想は、DTPソフトのレイヤーという概念。いわばトレーシングペーパーにいくつも二分法の軸を書き込む。そうすると複雑な対立関係が明確に見えてくる、ということです。たしかにそう書けばよかったかもしれません。さらに一つ。

「世の中がわかる『○○主義』の基礎知識」を拝受いたしました。私の好きな『結晶世界』が言及されていてうれしく思いました。

すごい読み。たった一行しか書いていないところに見事に注目して反応してくださる。さすが医学者にして、ベストセラー著者の細やかな視線。『結晶世界』はかつてのSFの名作です。毎年出版されるつまらん「感動もの」小説より、いかばかり素晴らしいか! 趣味の良さに感心させられたコメントでした。

夏はまだ始まったばかりです。Vocabowにとっても、この三ヶ月は一年で一番忙しい時期。後1ヶ月、抜き手をきって泳ぎ抜く所存です。