2020年 慶應義塾大学法科大学院 未修  合格再現 Kさん

 慶應大学法科大学院の再現答案です。
 試験当日を思い出しながら作成しました。皆さんの参考になればうれしいです。


【問1

 世界遺産の保護は、顕著な普遍的価値(OUV)すなわち国家間の境界を超越し、人類全体にとって現代及び将来世代に共通した重要性をもつような、傑出した文化的な意義や自然的な価値を有する資産を、その対象とする。しかし、普遍性を追求することが難しい為に、文化の多様性をも考慮されてきた。それはOUVを、普遍性と代表性といういわば相反した価値を結合させた、普遍的代表性とする世界遺産委員会の解釈によく現れている。その後、地域的不均衡が指摘されるようになり、グローバル・ストラテジーなどの対策を実行することよって、代表性をより重視する方向で制度設計がなされてきた。しかし、シーリングが課された後は世界遺産登録が政治化し、グローバル・ストラテジーを利用した世界遺産の登録と政治利用の隠蔽が行われるようになった。その結果、地域的に顕著な価値を持つ地域の代表遺産の登録が増加することで、OUVの有名無実化を招き、資産の登録選定における精神が、代表性を重視する無形文化遺産条約の精神に近似してきている。
 これに対して無形遺産の保護は、顕著な価値よりも代表性が重視された。つまり、顕著な価値による階層化ではなく、すべて価値は平等であるとする代表性を採用するなど、世界遺産条約と同じ轍を踏まないよう配慮した制度設計がなされた。しかし、地域比や数の不均衡という問題の発生とそれに伴うシーリングの導入により、OUVとは異なる、階層化否定した地域性を反映する代表性を採用したにもかかわらず、代表リストの階層化の危険性を包含している。さらには、締約国が資産の顕著な価値付けを行うことで、顕著な代表性へ変化していく逆説的な現象がみられ、世界遺産条約に近似してきている。 
  つまり、価値を重要視していた世界遺産条約では価値の有名無実化が、対する無形文化遺産条約では価値の付与が行われ、両条約の精神や制度が相互に交錯しているのである。(794文字)

【問2

(1)
 世界遺産は、後世の人類全体に感謝されるような遺産の保護を目的とするべきである。なぜならば本来は、現在と将来の人類全体の為に、傑出した文化的意義や自然的価値をもつ遺産を保護することが目的だからである。つまり、価値のある遺産を、安易な開発や破壊、損傷から保護し、将来の子孫へ引き継いでいくことを目的とするべきである。
 これに対して無形遺産も同様に、遺産の保護の目的は、後世の人類全体のためである。なぜならば、本来の目的は、「グローバル化による社会変容の影響を受けて危機的状況にある地域性を持つ土着的な資産」を保護することを目的としているが、ユネスコという国際連合の一専門機関が携わるからには、地域性にとらわれず、重要な遺産を将来世代に引き継ぐことを目的として保護するべきだからである。(340字)
(2)
 世界遺産では、世界遺産条約が登録に必要な基準と位置付ける「OUV」の定義を明確化する必要がある。また選定には、政治利用を避けるための無記名投票が必要である。なぜならば現状のような登録、つまり地域的不均衡の解消や代表性重視、政治利用のために登録数が増加していくと、遺産の価値や条約の信頼性の低下を招くからである。保護の目的は、あくまでその保護が後世の人類全体に感謝されること、と限定すれば、本来の世界遺産登録の基準である「顕著な普遍的価値」は明確になる。そのような基準で遺産を保護すれば、地域的不均衡が生じるのはむしろ当然であり、これは地球規模で考えれば何の問題も無い、とその基準を堅持して選定し、かつ政治利用に巻き込まれないことである。
 例えば日本の富士山は、自然遺産での登録は不適格とされ、国を挙げて作戦を変更し、周辺も含めて文化遺産で登録された。しかし、人類全体に顕著な普遍的価値があるかは疑問である。むしろ、遺産としての保護という目的よりは、地域の活性化や国内海外の観光客の増加を目的とした政治利用と考えた方が腑に落ちる。このような目的の登録が、今後も地域的不均衡の解消やグローバル・ストラテジーを隠れ蓑にして、世界中で増え続けることは決して望ましいことではない。
 したがって、世界遺産の名に相応しい厳格な「普遍的代表性」を反映した判断基準、つまり「代表性」は地域ではなく、あくまで人類全体を代表するという基準とし、選定には、地域的不均衡は問題視しない、政治利用は許さない、という姿勢の堅持が急務である。
 これに対して無形遺産では、代表性の定義の明確化が必要である。なぜならば、現状のまま登録が行われ続ければ、価値が曖昧なまま登録された遺産が増加し、やはり価値や条約の信頼性の低下を招くからである。そもそも無形遺産も、それを保護することが後世の人類全体に感謝されるような遺産という基準で登録するべきである。特に形が無いだけに、正確に伝承するべきであるが、積極的に保護しなければ衰退ないし消滅する資産を保護することには賛成できない。なぜならば、その消滅は自然淘汰であるからである。
 例えば和食は、日本人の伝統的な食文化として登録されている。それは確かに消滅の危機にあり、将来の人類へ継承する必要は認める。しかし、食文化のみならず文化とは、例えば言葉が時代と共に変化するように、生活に合わせて徐々に変遷していくものである。それも含めて日本人の文化なのだから、保護し守っていく対象ではない。他の無形遺産とは異なり、日本人の食文化が変化しても、それは日本人としての選択である。
 従って本来の目的である、消滅の危機的状況にある文化の保護という基準に、将来の人類のために積極的に保護する価値が有るか否かという基準を追加し選定するべきである。(1,162字)

(計1,498字)