2023年 一橋大学法科大学院 未修  合格再現 M.Sさん

 今年度の一橋大学法科大学院未修の小論文を再現してみました。
 本番では細かい部分をもう少し丁寧に記述したと思います。

  論理の流れや構造、主張内容はおおよそ再現できています。
 今後の受験生の参考になれば幸いです。

【問1
 肉食の問題は構造的不正義の問題であり、特有の複雑さがある。構造的不正義は、多くの個人がそれ自体は問題が無い行動を積み重ねることによって引き起こされる。例えば、食肉の需要によって森林伐採が発生し地球温暖化の問題が生じる。しかし、肉の消費者や食肉産業の企業は、肉を消費したり営利活動を行ったりするだけであり、それ自体に倫理的問題は無い。このような個々の行動の連鎖が大きな問題に発展する点に、構造的不正義の複雑さがある。
 問題解決のためには不正義を生み出す構造を変革するための集団的行動(政治的行動)が必要である。その行動を義務付けるためには、従来の「責任」の捉え方を変える必要がある。従来の責任概念(帰責モデル)においては、責任は個人が過去の罪を償うためのものであると捉えられる。しかし、この捉え方では、不正義を生み出す構造を未来に向けて変革する行動は根拠づけられない。また、帰責モデルにおいては、特定個人にのみ責任が求められ、その個人が責任を果たすことが想定される。しかし、政治的行動を促すためには、特定個人の行動変容ではなく集団的な変革行動が求められる。個人に償いを求める帰責モデルからは、この集団行動は生じ得ない。
 このように、システムに起因する構造的不正義の問題は、個人の行動変容だけでは解決できない。解決のためには、システム自体を変革する政治的行動が求められる。それを促すためには、新たな責任モデルを構想する必要があり、従来の単純化された帰責モデルには限界があるのだ。

【問2
 肉食に伴う問題の一つとして、地球温暖化が挙げられる。食肉生産のための家畜放牧は森林破壊を招き、それが地球温暖化を促進する。この問題は、功利主義的に正当化できない。地球温暖化によって、海抜が低い地域に暮らす人々の生活が将来にわたって損なわれる。一方、肉食によって得られる快楽は、先進諸国の一部の人々が享受する一時的なものに過ぎない。温暖化がもたらす不利益の総量は、肉食がもたらす利益の量を遥かに上回る。したがって、肉食は功利主義的に問題がある。このような「思考」をすると、肉食は不正義である。
 しかし、この「思考」を「生活」の中で貫徹することは困難だ。まず、肉食は長年の習慣の蓄積や共同体の文化など、「生活」と深く結び付いている。理性的な「思考」に従い「生活」を変更することは、急進的過ぎる。筆者は「食生活は、各自に固有な人間関係の文脈で形成された習慣の重みをかけられ、その生活には他者との共同選択や関係的責任が深く関与する」と述べるが、これに同意する。加えて、食生活と自らの身体を切り離せない点も、思考を実践することを困難にしている。肉食には身体的な快楽が伴うが、身体的快楽に理性で抗うことは難しい。
 この問題を解決するためには、「思考」を「生活」とは切り離された領域で実践することが望ましい。例えば、SDGsに取り組む企業への株式投資が挙げられる。株式投資は、「生活」とは切り離された経済領域の活動である。したがって、「生活」の領域における習慣や肉体的快楽の問題を回避し、理性的に「思考」を実践することができる。さらに、温暖化の問題をより実効的に解決できるから、功利主義的にも肯定できる。個人と比べ、企業には地球温暖化を防止するための資源や能力が豊富にある。一個人が「生活」の中で肉食を控えるよりも、能力がある企業が地球温暖化に取り組む方が問題解決に資するのだ。したがって、この行動は功利主義的に正当化できる。