シニアのロースクール日記(8)2005年6月

      
6月6日(月) 中間試験の予想問題、的中

 今日は、人権に関する憲法の中間試験がある。出題範囲は憲法概念から平等までである。2時間目の民法の授業が始まる前に、後の席にいた女子学生が予想問題を尋ねてきた。そこで、自分が先生であれば「Affirmative Action(積極的差別是正措置)の功罪」を出題するだろうと答えておいた。授業が終わり、もっと詳しく教えて欲しいので昼食を一緒にしませんかと誘われた。今まで昼食は、韓国籍で医師の資格を持つ人と正門前のうどん屋で済ましていた。女子学生と食事をするのは初めてである。
 Affirmative Actionのマイナス面として、逆差別の問題がある。しかし、このことを指摘するだけでは平板な答案になる。さらに、このような措置によって「異なる、人種、文化、集団の間の差別の固定化につながる」ことを書けば、より説得力が出てくると説明しておいた。さて、試験が開始され問題文を見ると、第1問は「外国人の公務就任権」で、第2問はまさに、「Affirmative Actionの意義と問題点」を問うものであった。アメリカの独立宣言、憲法の平等条項、公民権法など歴史的背景を論じつつ、書き上げる事ができた。基本的事項を勉強していれば、問題の予想はある程度できる。
 後にこの女子学生は満点を取ったと教えてくれた。自分は歴史的背景を書きすぎて、バランスの悪い構成になり8点であった。第1問は9点で、総合ではトップクラスに入れた。
 それにしても、中間テストとなると予備校本に頼る学生が多くなる。授業で話されることは重要なことばかりだ。これをノートにしっかり取っておき、直前にノートを見る事ことが試験対策になるのだが、わかっていない学生が多いようだ。

6月10日(金) 戦争を若い世代にどう伝えるか

 文学部の主催で、「中国の反日デモ」をテーマにしたトーク・プラザという催しがあり参加した。テレビ朝日の番組、ニュース・ステーションのコメンテーター加藤氏を迎えて行われた。関学の先生二人と加藤氏が反日デモについて見解を述べたのち、参加者が自由に話す形式で進められた。中国からの留学生の姿も見える。
 関学の先生の一人は、最近訪れた中国の寒村での経験から反日デモを分析していた。訪れた村で、「戦争のことを聞いていますか」と質問したところ、[なぜそんなことを聞く]との反応が返ってきたという。その村では、「白い屋根」と「黒い屋根」の家が混在している。「白い屋根」は戦争で爆撃を受け、新しい瓦に葺き替えたからだ。国家レベルでは、戦争は解決済だが、国民ひとりひとりのレベルでは解決していない。反日デモは加害国の国民に問われている問題だという。
 加藤氏は、過去の中国駐在の経験を踏まえて、中国の情報社会は大きく変貌しており、政府の統制が利かなくなっている状況を話した。また、反日デモや昨年のサッカー場での暴力の伝え方は、一部を全体であるかのように伝えた点で、問題があったという。
 参加者に発言を求められ、冒頭に次のような発言をした。
 まず、個人体験からいうと「加害者側の記憶」と「被害者側の記憶」には大きな差があることを認識しなければならない。自分は学校で「信長」の名前を知る前に、祖母からこの名前を聞き知っていた。信長が比叡山を焼き討ちしたころ、琵琶湖西岸の村々も焼き討ちされ、多くの農民が殺された。この恨みが、400年近くも語り継がれてきた。ドイツは加害国であったが、市民レベルでは被害者の立場に置かれた人がいる。これら一般市民は、戦争の末期にイギリスを初めとする連合軍が1945年2月13日の夜、ドレスデンを爆撃し、数万人の命が奪われたことを忘れていない。日本人も、加害の事実を忘れかけているが、原爆のことは決して忘れようとはしない。このことを考えると、中国の人々が未だに戦争被害の事を忘れないのは当然だ。
 謝り方がドイツと異なるのは、真摯な謝り方をしていないからだ。ドイツのブラント首相は1970年、ワルシャワ・ゲットーの前で土下座をして謝っている。日本の首相は談話という形で謝罪しているが、官僚の作ったメモを読み上げるだけでは気持ちは伝わらない。JR西日本の社長が、福知山線事故の夜、メモを読み上げながら謝罪していたが、気持ちのそこから詫びているようには思えなった。今日は、これから、どのように中国と向き合っていくのかを考える機会にしよう。
 このように発言したのだが、参加者の学生の大半はデモの記憶が生々しいのか、その点での関心が多かった。
 ある学生が、反日デモによって大使館が破壊され、数人の日本人が暴行を受け怪我をしたことについて、どう思うかと先生に質問した。この先生は、「過去日本のしたことから、容認できるし、自分がその場にいたら暴行されても抵抗しなかった」とこたえた。会場からは失笑がもれた。すかさず、もう一人の先生が「暴力に対して暴力に応えるのは負の連鎖で決して肯定できない」といさめていた。このほか、若い学生の発言には失望を禁じえないものが多かった。
 法学部のある学生がいう。「中国や韓国から、小泉首相の靖国参拝を問題にされるが、一方でブッシュ大統領やインドネシアの大統領は支持している。中国や韓国は少数意見ではないか」この学生は、先生から戦時中日本が侵略した国を知っているかと聞かれ、殆ど答えられず、植民地支配していたイギリスやオランダを上げるのみで、アジアの国々を挙げることが出来なかった。
 参加者の中に、高校生がいた。どのような新鮮な考えを述べてくれるのかと期待したが、瞬く間に失望に変わった。「靖国神社に合祀されているA級戦犯には罪がない。事後法による裁判で法的に無効である。戦勝国の一方的裁判だ。」
 さすがに、この発言に黙っているわけにはいかなかった。「あなたは、前の戦争で何人の日本人が死んだか知っていますか。300万人とも400万人とも言われています。当時の人口は8000万人程度であったから20人に一人の割合で日本人が死にました。あなたの親戚にも犠牲者がいたかもしれません。あなたの年代の多くの若者も、戦争に駆り出され死にました。一体誰に殺されたのですか。誰に罪がありますか」彼は黙り込んでしまった。
 女子学生の発言は特に印象深かった。「私にとっては、日本の歴史は江戸時代で終わっている。明治以降は、授業時間が足りなくて知りません」。大学生なら、高校で習わなかった事を、大学で自主的に学んで欲しい。このように、戦争は若い世代から消えつつある。

6月16日(木) 世代ギャップ

 英米法の時間に、先生が入浜権を説明するのに、入会権から始めた。昔、農村では自由に山林に入り薪を集めることができた物権の一種である。これを説明するのに、「むかしむかし、おじいさんとおばあさんがいました。おじいさんは山へ柴刈りに行きました」の例をだされた。この説明が分らない人がいる。「柴刈り」を「芝刈り」と思い、なぜ昔話に「芝生を刈る」話が出てくるのかとささやいている。
 民法の不法行為のなかで、「妾」に未登記の建物を与えた場合と登記済の建物を与えた場合で効果が異なるという判例がある。ところが「妾」がどのような存在か分らない人がいる。このような場合、先生は必ず私を指名して説明させる。西武の創業者堤康次郎、田中角栄元首相さらには妾問題で辞任に追い込まれた宇野元首相の例を出して説明しておいた。
 刑法では、「一厘事件」というのがあるが、「いちり事件」と読むものがいる。「いちりん」と読めないのだ。このときも、「一厘」を見たことがあるかと先生に聞かれた。「一銭」は知っているが、「一厘」は使ったことが応えておいた。まだある。「米穀通帳を知っているか」との質問があり、「知っているが、農家だったので必要なかった。米を供出する側であり、配給を受ける側ではなかった」と応えた。

6月17日(金) 不法行為の成績、なんとA+

 不法行為の中間テストの答案が返却された。成績はなんとA+であった。授業で、問題の解き方の解説と優秀答案を書いた人数が公表された。A+は60人の内3人だ。授業の終了時に名前が公表された。すると数名の学生から、見せて欲しいとの要望がよせられた。これに対しては条件をつけることにした。お互い見せ合う条件だ。
 ある女子学生と答案を交換した。この人はC+である。文章の書き方自体を勉強していないようだ。小論文を受験するのに、添削を受けたのかと聞くと二つの予備校で勉強したという。Vocabowの添削とかなり差があるようだ。
 三つの問題がある。まず、文章は短く、主語と述語を明確にという基本中の基本ができていない。二つ目は、無駄な言葉が多く、頭に浮かんだことを思いつくままに文字に置き換えているにすぎない。接続詞も少なく、文章の_がりがわかるように整理がされていない。三つ目は、事実と意見が分かれていない。だから、何を言いたいのか良くわからない。
 この他にも数名の学生の答案を見せてもらい添削をしたが、共通していえることは全体の構成を良く考えないで書きはじめていること、基本的知識が不十分であること、接続詞を十分に活用していないことである。特に、接続詞についていうと、「思うに」や「よって」を連発しているものが多かった。そこでVocabowの吉岡先生のお許しをいただき、著書の「社会人入試の小論文」の中の「明快な文章の書き方」の部分をコピーさせていただき、グループ学習のなかで説明することにした。


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